金融危機と金融リタラシー

 「日本の金融リタラシー(金融常識)を向上しなくてはならない」と言われて久しい。今次の金融危機の議論を聞いていても、聞こえてこない当たり前の金融常識を列挙してみたい。

円高は世界における日本人の地位を上昇させている。大半の日本人は円建てで純資産を持っている。つまり、世界の個人別資産ランキングをドルのような共通尺度で順位付けすれば、何もしてないでも円高により日本人の順位は上がっているわけである。本ブルグ「イギリスでの夏休み」についてで書いたが、ポンドのような外国通貨で消費してみれば、円高の有難さが良くわかる。

円高により、ソニーパナソニックのような代表的日本企業が無策な大赤字の決算になっているのは驚きである。将来のキャシュ・フローがネットで外貨収入の方が多いことは、外貨リスクを取っていることを意味する。仮にそれが年間数百億円規模で、経営を左右するものであれば、偉そうな顔をした経営者たちは何故外貨のアウト・フローを作りリスクを管理しなかったのであろうか? 最も簡単な方法は外貨建ての負債を増加させる方法で、必要に応じて高くなった円で外貨を購入して外貨建て負債を返済すれば、円建て会計上は債務返済利益が計上され、円高の負担を相殺することが出来る。通貨デリバティブ取引は、このような通貨リスクを調整するために開発された商品で、「わが社はデリバティブのような投機的取引は一切やっておりません」という発言は、無能な経営者であることの証明であり、「通貨デリバティブ取引で銀行が中小企業をまた食い物にした」との一方的な報道はマスコミの金融リタラシーが依然低レベルであることの証である。
 最近は、金融専門誌ですらデリバティブや金融技術に触れることが激減した。四則演算の簿記会計に代わるはずの金融技術の発想が経営にとり極めて重要であるだけに将来が心配である。金融専門誌の編集部ですら、理解した上で記事にしないのではなく、理解のレベルが低下しているし、読む人が減少しているので力を入れていない。金融技術が基礎を与えたリスク管理技術を空洞化することは、将来、再び我が国が遅れを取ることを意味している。

③日本は外貨準備に占める「金」の保有比率が3%程度で、先進国では極端に低率である。このところ金価格が史上最高値を更新中であるから、仮に他の先進国並みに外貨準備の60%程度をドルではなく金にしておけば、日本の国富が維持され、経済運営が楽になっていたはずである。政治家や日銀・財務省の関係者たちは口をつぐみ、この歴史的な過ちには一切口を閉ざしている。国策として機会損失を負担してまで米国債を買い続けるのであれば、その理由をハッキリさせ、米国との交渉にもっと利用すべきである。新興成金の中国ですら、既に金の準備率を増加させ、ドル債やユーロ債の購入を交渉の武器に使い始めている。

④民間企業も政府も新しいことにチャレンジせず、知らないうちにリスクを積上げ、膨大な機会損失を積上げてきた。保険や銀行に株式を売らせ続けるから、株価は低迷を続ける。リスクを嫌う政策を一貫させるのであれば、FX取引のような博打そのもののような取引に何故無知な主婦層まで引きずりこむのであろうか?プロの世界では、通貨取引のリスク管理はもっとも難しいとされているが、何故パチンコのような手軽さで、レベレッジを利かせたFX取引にミセス・ワタナベを巻き込むのであろうか?
 プロにはリスク取引を禁じて、主婦層に博打を薦める状況になっていることを、政治家や官僚は理解出来てないのであろうか?

⑤先日までECB総裁であったトルシエ氏と20人ほどの会合で2度議論したことがある。大した人物ではないとの印象を持った。ヨーロッパ大陸諸国のリーダー達の金融リタラシーも日本同様あまり高くない。ユーロで通貨統合すれば、個別国の独自の経済・金融政策が困難に成ることはヨーロ誕生の最初から解っていたことで、今更ギリシャやイタリアで騒いで欲しくない。老獪なイギリスが通貨を統合してないことを見れば、ヨーロッパ大陸諸国のレベルの低さが露呈している。リーダー面してきたドイツそしてフランスの責任は重い。ギリシャやイタリアのように大した産業も無く、GNPの30%程度がアンダーテイブル・マネー社会の財政再建は簡単ではない。
http://diamond.jp/articles/-/15247

 まだまだあるが、要すれば、日本は文科系が仕切っている政治、行政、金融、マスコミなどのレベルが極端に劣等である。それに気付いた連中が専門職大学院を作っては見たが、何が不足しているかすら理解してない連中が幅を利かせている。円高が続くうちに外貨を購入し、日本を離れる準備をした方が利口なのかもしれない。