「A.スラムドッグ$ミリオネア」「B.トウキョウソナタ」&「C.闇の子供たち」

 先ず、3作品の共通点を整理してみる。
①私が見たいと思っていた映画で、期待を裏切らない佳作であったこと。
②若い世代や子供の演技が素晴らしいこと。
③ある国(A.インド、B.日本、C.タイ)に関して、外国人(A.イギリス人、B.オーストラリア人、C.日本人)主導で作られた映画であること。
④解決が困難な社会の暗部や社会問題を対象にしていること。

ポイント④から始めると、AとBは無理やりハッピーエンドに持ち込んでいることから、現実の話として捕らえると、説得力を欠いてしまう感じがする。「スラムドッグ」の最終シーンの駅で、突然インドの群舞が出てきた時には、「2時間、私の世界に浸ったんだから、楽しんだでしょう。現実がどうこうと言わずに、映画はそれでいいんですよ」という作者の声が聞こえたようで、ある意味ホッとしましたが、題材が題材であるだけに、今少しまじめに締めくくった方が良かったようにも思われます。しかし、「トウキョウ」の方は、それ以上に無理なストリーになっており、役所広司さんの泥棒が登場してからの後半は、支離滅裂といってよいくらいの展開で、失業したサラリーマンの寂しさに涙さえ流させられた前半の素晴らしい出来と、あまりに対照的。「トウキョウ」では、音楽の天才児に希望を見出し、立ち直ると思われる主人公の家族の傍らでは、挫折した夫婦及び泥棒には自殺で決着をつけている。死ねることは最後の救いではあるが、作り話の世界では、問題提起の片棒を担がせながら、死ぬ形で決着をつけることは、作者のイマジネーション不足と安易な狡さ、無責任さを感じてしまう。「トウキョウ」にも、明るい群舞のエンディングが必要だったのかも知れない。

ポンイト③:映画をファイナンスの観点から考えているので、Yahoo映画のユーザーレビューを必ず見て、観客の支持率を見るようにしている。「トウキョウ」でもっとも支持されているレビューは、「東京ではなくトウキョウ」(星1つ、最低評価)で、綺麗な身なりのサラリーマンが炊き出しご飯にありついたり、失業した課長クラス二人の家が私の家より綺麗であるとか、プジョーのオプンカーが強引に使われたりとか、日本の現実を知っているものから見ると、ナンジャイこれはと思う場面や話が少なくない。岩井俊二監督の傑作「スワロウテイル」のように、無国籍を明確に出していればともかく、ストリーの相当分を日本の現状に依存しているだけに、日本人スタッフはもっとこの点の修正に努めるべきであったと思う。作者の意図はともかく、多くの日本人観客の支持を失う要素になったと思われることは、佳作であるだけに残念である。

 同じことは、「スラムドッグ」についても言えるはずであるが、「若いうちにインドに行くと人生観が変わってしまうから、注意しろ」という助言にしたがい、私はこの歳までインドに行ったことがないので、インドの人はこの映画をどのように見るのだろうか、ということをインド人に質問してみたい。「スラムドッグ」という映画は、インドを舞台にしたことだけで、相当なドラマティック性を得てしまっているので、インドを選択し得られる自動的な加点部分を差し引くと、アカデミー賞を受賞した映画と雖も、どの程度優れていると言えるのであろうか。

闇の子供たち」は、在日韓国人作家ヤン・ソクイル氏の原作小説を、阪本順治監督以下の日本人スタッフがタイを舞台に映画化したもので、解決が困難な社会の暗部を対象にし、安易にハッピーエンドには仕上げていないことでAやBとは相異しており、それだけに迫真性が強い映画です。私は、この3作品の中では、「闇の子供たち」にもっとも心を動かされましたし、邦画でもこれだけ凄い作品が作られ、7館上映スタートから102館のヒットとなり、共感を呼んだことは、日本の良心の証であるとすら思った時期がありました。
しかし、中心となった心臓移植がタイのあのような状況下ではあり得ないという意見が否定されないこととなり、「闇の子供たち」全体の現実の話としての信憑性への疑問から、この映画をどのように咀嚼してよいのか、私としては大いに迷っているわけです。3作品の中では、もっともドキュメンタリーに近い作風であるし、実話としての観点から高い評価を感じた人間が私も含め多数いたことから、問題は無視できないようにも思われます。仮に、3作品ともフィクションであることは自明であり、中心になるテーマが事実としてはあり得ない話であっても、全体として訴えるものに共感できれば、良いのであるとすれば、私は、この3本の中では、やはり「闇の子供たち」がもっとも優れた作品だと考えます。
阪本順治監督、奇しくもNHK大河ドラマで主演を演じている宮崎あおいさん、妻夫木聡さん、主役を好演した江口洋介さん、あるいは佐藤浩一さん等々の日本を代表する映画関係者の方々は、本作が先ずあり得ないと言われるタイの闇市場での心臓移植を、あたかも事実のように映画化していることを承知してコミットしたのであろうか。
本作が、タイでは上映禁止になったことも理解できなくもない。「靖国」が外国人によって作られた映画でなければ、話題にはならなかったような凡作であるの対し、「闇の子供たち」は制作的には秀作であり、この辺に外国人が特定の国を題材にする難しさあるように思われる。