イギリスの夏(5)

 「17歳の肖像」というイギリス映画があります。原題は"An Education"で、1961年を舞台とする人気記者の回顧録に基づき2009年に映画化され、多くの映画祭で高く評価されています。原題の方が映画の問題意識に忠実で、日本マーケット向けの邦題は内容を矮小化してしまったのが残念ですが、オックスフォード大学に入れるだけの才媛である16歳の娘を中心に、人生に自信を持ちきれず娘の教育に希望をかける父親、イギリスの教育制度の問題点や受験勉強と実社会との葛藤、イギリス階級社会の嫌らしさ等々を上手に描いており、単なるラブストーリーや青春の悩みの話ではない。
 高校の勉強に退屈した才媛は、自由奔放な詐欺男との恋愛ごっこに脱線するが、この間終始、娘の生活に心配し干渉する父親の姿が私自身の子供への教育姿勢に類似しており、ひどく共感させられてしまった。世の中の多くの人は、この哀れで小心な父親に否定的になるはずであると思われるが、私には結局この父親の姿勢が妥当であったとこの映画は語っているように思われなくもない。鈴木イチロー浅田真央などから始まり、親が手塩にかけて育て上げた天才と呼ばれる教育成果は枚挙にいとまが無い。私自身も母親から教えられたことが人生を通して役立ってきた。
 昨年作られた本作が、このような古い学校教育や親の影響を肯定的に描いていることが意外ではあったが、無用に混乱してしまった現在の世界を考える上では、古い価値観や一定年齢までの基礎教育も重要であると語っているように思われる。近年イギリスは教育制度の改革に努めており、1961年の古い階級制度や教育観を更に批判にさらそうと言う意図を持って作られた映画かもしれないが、結論が安易なハッピーエンドでオックスブリッジの正当化であるように見えることは画竜点睛を欠いたように思われ、大きく本作を減点したくもなった。
 イギリス社会の隠微な人種差別、階級制度の存続等を知るだけに、半分ユダヤ人の血を引きながら変なイギリス人として生きていく事になるだろう二人の孫の将来が多少心配にもなる映画でもある。