貯蓄から投資へ(その1)

私は資産運用理論研究のプロであり、大学でそのような講義も教えている。いっしょにこの分野を研究したたくさんの後輩たちが、資産運用会社や投資ファンドの一線で活躍したり、大学で教えている。
しかし、それでも資産運用で大成功する自信は持てない。私が500万円の元手を50億円に運用できていれば、どこか税金の安い国に引越し、優雅なレジャーで日々を過ごす気楽な生活を送ることができていたはずである。したがって、「金持ち父さんになる本」を私がまとめてもほとんど売れないはずである。なぜなら、私が大金持ちではないからである。
それでは、実際に資産運用や投資で大成功した方々の本や話を聞くことで、金持ちになれるのであろうか?1億人が参加するジャンケン・ゲームを考えてほしい。1億人でも10億人でも、神様や超能力者の参加は禁止する前提で、ジャンケンの勝ち抜き戦をすれば、必ず一人のヒーローなりヒロインが勝者になる。そのジャンケン・ゲームの勝者は、敗者たちが知らなかった何かを知っていたのであろうか?その英雄にインタビューすれば、「相手の顔つきや骨相から何を出すか予想がつく」とか「相手の目の動きと手の形を見ると何を出すか予想がつく」とかもっともらしい後講釈やでっち上げの理論を述べるに違いない。「運とツキだけでこの結果になりました」とは言わないだろう。1億人のジャンケン大会で優勝すれば、自分には超能力や人並み外れた能力があるように思い込み始めてもおかしくはない。投資や資産運用には間違いなく運やツキの要素があり、したがって、大成功者の話を真に受けすぎない方が良い。その大成功者が成功した資産運用方法が、これから将来にわたって同じような成果を生んでくれる保証はない。
わが国トップ・クラスのクウォンツ運用グループと仕事をしてきた。クウォンツ運用とは、数理・統計分析とコンピューターの情報処理力を利用するハイテック資産運用技術である。つまり、考え付く理詰めの資産運用方法を可能な限りのデータを使ってコンピューター・モデルにし、実際の市場データでシミュレーションし改善を加えるわけで、考えられる要素のほとんどを折り込み、人間の頭脳判断力をはるかに上回っていると思うようなコンピューター・モデルを作っているはずである。しかし、それでも市場をビートすることは簡単ではない。
先日、優秀な部下であった女性が近況報告の手紙をくれた。ある大手証券会社の店頭でパート・タイマーとして働いているそうである。あまりにも優秀なので本採用になって欲しいと言われたが、他にやりたいことがあるので断ったそうである。そして続けて、証券会社の販売姿勢や説明には大変な問題があると書いてきた。手数料を稼ぐために、毎日違う銘柄をお客さんに薦め、複雑な投資信託商品の説明は不十分などころか、説明している本人すら理解できてないということである。これは昨日今日に始まった話ではない。話を戻すと、私は金融業で長く働いた人間としては理論家だと思っているが、この50年の「金融技術革命」を経て蓄積された理論や技術を利用しても、「資産運用で大成功する本」は書けない。しかし、「資産運用で大失敗をしない本」はまとめることができると考えている。ポートフォリオ効果とか、損切ルールといった大失敗をしないための理論や経験則には実用に耐えるものが存在する。資産運用は、国内株式や国債のような狭い円建資産だけを考えていてはダメだと思う。多様な国際投資の投資信託や金、商品等への投資が個人でも容易に行なえるようになった。資産運用の成否を決める最大の要素は、どのような資産に投資配分をするかで大半が決まってしまうという経験則も存在する。「貯蓄から投資へ」の掛け声は、日本では20年遅れたキャンペーンであるが、今からでも良く考え積極的にチャレンジすべきである。