素晴らしいドキュメンタリー・ドラマ

ドキュメンタリー作品というと、NHKのように、出来るだけ感情を排し、客観的な印象を与える作品が本来の姿であるような気がしていた私にとっては、感情を前面に出したドキュメンタリー・ドラマとも呼ぶべき作品を2本続けて鑑賞した。

Dear Pyongyang ディア・ピョンヤン
 平和な環境に置かれれば、明るく楽しい生活を送ったと思われる在日朝鮮人5人家族が、活断層地震に巻き込まれるような不幸な歴史の展開にも拘らず、明るく愛情に満ちた家族として乗り切ってきた様子に、胸が熱くなると同時に羨ましくすら感じさせられた。冷たく言えば、独裁者の甘言に乗せられた朝鮮総連の幹部として、息子3人や同僚達を北鮮に送り出したはずの夫婦であるから、いまとなっては寝起きが良いはずがない。しかし、この映画では人が他の人を非難する場面が出てこない。私のように人間として弱く、感情に左右されてしまう人間には、他人を非難しないことは大変難しいことであるが、それがこの映画に深みを与えている。実際の展開がそうであったのか、それが作者の意図であったのかは分からないが、感情を押さえ込むことで一層の感動を与える作品に仕上がっているように思われ、そこに本作の素晴らしさを感じる。争いのない極めて日常的な対話と、映像に語らせることによって、しみじみと感じさせる映像作品に仕上がっている。救いがない問題を救いのない形で見せられても辛いだけであるし、容易に想像できるアジ演説を聴かされても疲れるだけであり、本作は巧まずしてそれを避けることに成功している。アボジとオムニ、そして作者のユーモアを含んだ温かさが本作を観ていて気持ちの良いドキュメンタリー・ドラマとしている。対象とする素晴らしい題材を見つけることに成功すれば、ドキュメンタリーは素人のビデオ映像に近い稚拙な映像であっても深い感動を与えうることを本作は証明したと思うし、そのように感じる十分な人々を確保出来た傑作である。
{映画愛好家としても映画投資家としても5点満点である。}

シッコ
 本作は、ご存知マイケル・ムーアの最新作で、これまたご存知のとても先進国とは思われないアメリカのボロボロの医療保険制度をヨーロッパやキューバまでを引き合いに出して辛らつに批判している。福祉国家は重い重税と表裏の関係にあるなどと、知ったような口を聞く日本人が増えてきたが、ここまで私利私欲の追求と格差社会を正当化してしまったアメリカの内部崩壊は既に始まっているし、日本は決してアメリカの猿真似をしてはならないと思う。
「ディア・ピョンヤン」の対極にあるような、アメリカ的なアクの強いM.ムーアの作風が、本作ではややトーンがコントロールされており、他国との比較でアメリカのぶざまさを理解させる手法が多く使われている。それにしても、登場人物の選定や、9.11で呼吸器障害を負いアメリカ社会で冷たい扱いを受け始めた消防士に、キューバの病院でほぼ無償の治療を受けるエピソードを入れるといった、本当のドキュメンタリーなのかドラマ(作り話)なのか分からないような部分も散見され、本作は「ディア・ピョンヤン」とは異なった意味のドキュメンタリー・ドラマとして楽しむべきであるように思われた。
{ドキュメンタリーとしては作為が強く見え過ぎ、新発見も少ないので、映画愛好家としては3点、M.ムーア作品としては訴訟の種が少ないし、低予算なので、映画投資家の観点からは5点満点。}