サブプライム・ローン問題(その4)

サブプライム・ローン業界の現場に詳しい知人から、まとまった話を聞く機会があった。予想以上にひどいことが実践されていたことを知り、最近のなりふり構わぬアメリカ政府の対応状況を重ね合わせて、問題の深刻さを改めて認識させられた。
 米国サブプライム住宅ローン市場の現場での、予想を超えた悪しき実践をいくつか箇条書きに列挙すると、次のようになる。相当部分は日本のバブル期にも実行されたものと類似の手口ではあるが、その多様さははるかに今回の米国が上回っている。

(1)登場人物は、眼いっぱい借金をし、住宅を手に入れ更には余分な借金や売却益を消費に使いたいという「借り手」、手数料収入目当てにあらゆる手練手管で「借り手」を「レンダー」に売り込む「モーゲッジ・ブローカー」、「レンダー」から住宅ローンを買い取り、それをモーゲッジ証券(MBS)に加工し、投資家に売り抜ける「投資銀行」、「投資銀行」と共同で高い信用格付証券を作り出す「格付け機関」、その高い信用格付け証券を無批判に購入する年金基金、金融機関などの「投資家」、そして舞台を提供したのは、「どんな状況の人でも家を買うことができる社会」を表向きのスローガンに低金利過剰流動性で不動産バブルを引き起こしたA.グリーンスパンと連邦準備理事会ということになる。
これらの登場人物の多くが、私利私欲を満たすために次のような行動をとった。
(2)「借り手」は、少しでも条件を良く見せようとする。個人の信用情報提供機関として大手3社が存在し、支払履歴、借入口座数・残高、借入の種類、破産や支払い遅延などのクレジット・ヒストリー、新規借入などの観点から「クレジットスコア」を提供している。「借り手」の所得証明書が提示できない場合には、収入自己申告型ローンも存在しているので、「クレジットスコア」の重要性が高く、これにより最大借入額などの条件が決まるが、住宅取得金額全額を借入るケースも少なくない。つまり、所得証明書なし、頭金なしで住宅が購入できることになる。
(3)「ブローカー」は、「借り手」から取る手数料に加えて、貸出金利に応じた手数料を「レンダー」からも取り、合計でローンの5%近くを取ってしまうケースが少なくなかった。ピーク時には全米で25万社以上の「ブローカー」と100社以上の「レンダー」が存在しており、「ブローカー」の参入障壁はないに等しく、「ブローカー」の提出書類の70%程度には何らかの誤魔化しがあったと言われる。
(4)「レンダー」はアメリカの多数派サラリーマンの例にしたがい、マニュアルどおりに迅速に処理することを求められた。「クレジットスコア」を中心とした処理基準を疑ったり、個別事情を詮索しすぎれば、上司から小言を聞かされるわけである。まさに、”Just do it!”である。鑑定士がブローカーの影響下にある場合が多く、担保評価額は高騰を続けた。
(5)「レンダー」からローンを購入したのは、当初は「大手のレンダーや銀行」であったが、やがてベァ・スターンズのような「投資銀行」が興味を示した。ここからは、以前書いたように金融技術を利用し、「証券化」されることになる。格付けの高い投資適格債券をより多く作り出す理論的根拠は、優先劣後構造とポートフォリオ理論的リスク分散構造である。劣後する債券により沢山のリスクを負担させていると評価すれば、優先部分の格付けは向上し、リスク分散効果を大きく評価すれば、債券の格付けは向上することになる。この作業は正解がひとつあるものではなく、相当な幅を持った議論であり、金融エンジニアーの世界になる。役所がこの格付けを行っているのであれば、それなりの自制が期待できたかもしれないが、「格付け機関」は特段の資格検定や検査を受けることもないし、企業価値最大化を目指す民間企業である。報酬は案件を持ち込んだ投資銀行が支払い、格付け向上に必要な検討は投資銀行との共同作業であり、格付けに責任も問われず、報酬も高い。正解がないような難しい作業を、この環境で金儲けのために働く人間が実行すれば、結果は自明であろう。このようにして、出来上がった証券化商品を高額な歩合制の投資銀行のセールスマンが、すべてを知らされることなく、販売して回ったわけである。幾度と繰返されたアメリカ発の金融危機は、ほとんど皆このようなパターンで、この行動原理を「強欲資本主義」と言わずして何と言えばよいのであろうか。
(6)更に暗澹たる思いにされるのは、未だこれから金利が上昇するような算式による変動金利住宅ローンの残高も多く残っており、住宅ローン倒産のピークは未だこれからであると考えられていることである。