至福の土曜日?


学期始めの10月は何かと忙しい。サラリーマン時代に比べれば、他人に追い立てられるような忙しさは遥かに少ないが、人間は楽な環境に対しても適応力があるようで、相対的に忙しいと相応の疲労を感じる。
また一週間が終わり、帰宅してほっと土曜の夜を楽しんでいる。後期は土曜日に授業があり、学生数が少ないのは残念であるが、教え甲斐を感じる学生が履修していることが救いとなっている。講演や外部セミナーでは結構な謝礼をもらえる私の話を、授業料を払いながら聞きにこない学生は損をしているはずだと思っている。授業の後、六本木森タワーまで来週久しぶりに帰国する次男の分を含め東京映画祭の入場登録に行ったが、この手続きが予想以上にスムーズであったことも、ハッピー土曜日にしてくれた要因である。そして、恵比寿ガーデンでやっと待望の「その土曜日、7時58分」を観ることが出来た。
「その土曜日、7時58分」は、硬派のシドニー・ルメット監督、名優と言われ始めたフィリップ・シーモア・ホフマン主演で、評論家も高得点を与えている。どうしてこのように期待される映画が、全国でたった二つの映画館でしか上映されていないのだろうか。映画産業はいろんな面で経済原則に反した産業になっている。
  この映画は、悪いことが悪いことを拡大再生産して破滅してしまう家族を描いている。私も物事が上手く回らない時には、このまますべてが悪い方向に行ってしまったらオレには耐えられない状況になってしまうと落ち込んでしまうことがある。しかし、実際の展開はこの映画のように家族が家族を殺しあう悲劇には程遠く、この家族に比べればわが家族わが人生はハッピーであると考えざるを得ない。このように辛い人生の悲劇を見せることで、観客の人生に救いの手を差し出すことも映画表現の魅力である。但し、興味深いことに、主演のホフマンとホークの兄弟が暗い悪人ヅラではないこともあって、金目当ての犯罪人でありながら、救いのない暗さに観客を追い込む感じが薄かった。これは、この暗い題材の映画の後味を極めて良いものにしている。これは、キャスティングの妙なのだろうか、それとも監督と俳優の名演技によるものなのであろうか。気持ち良さそうなセックス・シーンでスタートし、親の宝石店の強盗を計画するといった設定などが、人間のいやらしく暗いサガを描きながら、落ち込み過ぎず後味の良い仕上がりにしていると思われるが、すべて意図されていたストーリーであり、演技であったのであれば、この映画は大変な傑作であると思う。観るべき映画である。と言ってはみても、東京と愛知の全国2箇所でしか上映してない。驚くべきことである。
  映画のおかげで、総じてもなかなか良い土曜日であった。