タダのオプション取引

 オプションとは選択権のことで、日常的には自動車装備のオプションとか事務所スペース拡張オプションとかいった使い方がされている。
 オプション契約の歴史は古代ギリシャないしメソポタミヤ文明まで遡ると言われるが、オプションにより厳密な意味を持たせたのが、72年に発表されたブラックとショールズによる金融オプション取引の価格式で、これによりオプション価格をより論理的に整理しようとする時代が始まった。
 金融取引で見れば、貸出金を期限前に返済できる権利つまり期限前返済権を借り手が持っている貸出金は、より金利を高く設定することにより借り手がオプション料を貸し手に支払うことが認識されるようになった。最近の金融混乱で話題になっているCDSも、参照される企業等の信用状況が悪化した場合に一定の支払いを受けることができる権利の売買というオプション契約である。
これからホットな話題になるのが、知的財産権のオプション契約である。権利義務意識の強いアメリカでは、映画や出版のビジネスでオプション契約が頻繁に使われてきた。例えば、映画のメジャー・スタジオがあるシナリオや原作の映画化権として巨額の金額を支払う事例も少なくない。そのシナリオが映画化されないことになっても、シナリオ作家がオプション料だけで一生贅沢に暮らせるようになったという話もある。
しかしながら、弱い立場の人間が「タダのオプション取引」を強いられ、人生を棒に振ってしまう可能性もある。アメリカの映画業界に挑戦している次男の現状がこれに近いかもしれないと憤りを感じる時もある。次男のシナリオをある有名な映画俳優が気に入り映画化の話が始まってから既に4年になるが、正式のオプション料は支払われていない。友人に近い関係になっているので心配はないというが、相手の気が変われば、明確なオプション契約が存在しないだけにトラブルことになろう。わが国の現状は更に未整備で、本の原稿を出版社が長期にわたりホールドし続けるケースや映画会社やテレビ会社がシナリオや企画書を山積みに放置するという強者による「タダのオプション取引」の実行という「犯罪行為」は日常化してしまっている。裁判に持ち込めば救済を受けられる事例が増えることにはなろうが、時間がかかるわけで、人生を棒に振ってしまう作家やシナリオ・ライターは少なくない現状から、明確なオプション契約の慣行化が強く望まれる。