「北斗の拳」と苺


 お歳暮に頂いた桐の箱に入った超高級イチゴを食べながら、録画したアニメ「北斗の拳」特集を見た。
北斗の拳」は伝説的とも言うべき漫画で、某大手金融機関がそのアニメを映画ファンドとしたことから、一度は観ておこうと思っていたが、あまり気の進まない作品なので、延ばし延ばしになっていた。簡単に理解するのが難しいような仰々しいセリフやどれも似たようなプロレスラーにしか見えない主人公達がドタバタ動き回るので、初めのうちは何のことか判らなかったが、XX編とか○○伝説とか似通った分作をみているうちに、これは「遺産を3人兄弟が争っている漫画」であることが見えてきた。このポイントを見切ってしまうと、作者が迫力満点と自画自賛しているような動画やオドロオドロシイ台詞も、中身の薄さをカモフラージュする虚飾に過ぎないことが見えてくる。
北斗の拳」は桐の箱に入った高級イチゴと同じだ。多可がイチゴを桐の箱に入れる発想は病的と言わずして何と言うべきだろうか?貧弱な体を高級和服で包み込み、ブランド品で武装しても、中身の無さを隠し通すことは出来まい。この国は、虚飾で溢れかえっている。10分でイチゴを食べ終わり、残された木の箱とプラスチックの包装材の山を見ながら、「北斗の拳」に浪費された多くの人々の時間を考えると、これは単なる虚飾ではなく、人類に対する罪悪を犯しているようにすら思われてきた。