「地方分権推進」のナンセンス

 昨日乗った電車の中で、またもや不快で悲しい思いをした。日本の女性教育の問題である。大学で教えているが、平均すると女子学生の成績の方が良いのではないかと思っている。彼女達の多くの発想は、現実的で着実で、そして夢が無い。確かに、子供を生み、育てる機能を果たすことが期待されているのであるから、良い母親は現実的で着実であることが必要であり、前に書いたことがあるが、腰痛で杖を突いて通勤していた時に、電車の中でより頻繁に席を譲ってくれたのは、アラサーの利口そうな女性たちであり、状況観察と妥当な判断力、実行力にも優れていることを認めることにやぶさかではない。
 しかしながら、そのような女性たちの多くが、オバサン世代になると身の回りの目に付くどうでもよいような現実的具体的なことだけで頭をいっぱいにしてしまい、世界情勢や政治に期待するものといった抽象的な問題を忘れてしまうのはなぜなのだろうか。昨日の不快で悲しい思いの原因もこれで、二人のオバサンが他人の存在を気にせず声高に、近所のミーちゃんとハーちゃんのゴシップを話続け、レストランやデパートの細々した情報を聞こえよがしに話続けた。これは、もう公害問題である。こういうオバサンたちが子供を育て、孫に説教していると考えると鳥肌が立ってくる。ノッペリし、まったく魅力を感じない韓国スターのヨン様に40億円近くを貢いでしまうのも、いい年をしたこのような日本のオバサン連中のはずである。

 このようなオバサンも一票、私も一票、私の知人の何人かは失望のあまり投票に行かないから0票。かくして、衆愚政治は確立され、二世三世のお坊ちゃんとお嬢さん、テレビで名前を売った漫才師のようなタレント議員、更に悪いことには、戦後保守政治の本流を泳ぎ続けた、見るからに悪党面の男が最大野党の実力者に納まってしまうという現在日本政治の悲劇が生まれてしまった。

 例えば、「地方分権推進」の議論は、もっともナンセンスな議論のひとつであり、反対の声が極端に小さいことが大変気に掛かる。エロ本を書いて知事になり、高い欠勤率を正当化している人物を含めて、衆愚の人気に乗って当選した無責任な人気者知事達は全国に山ほど生まれてしまった。問題の大半の責任を役人と官僚制に押し付け、現実的問題能力も無いのに結構な期間わがままな馬鹿殿を続け、挙句の果てに地方分権推進でわが国の長所を葬り去ろうとしている。「廃藩置県」はわが国が近代化に成功した礎である。標準語の普及と価値観の全国民による共有もわが国が近代化に成功できた大きな理由である。1億人以上の人口がこれだけ整然と一定方向の行動や思考ができ、価値観を共有している国は他には存在しない。その長所を「地方分権推進」という、外国人から観たら良いものを自らで破壊するような愚作を何故まともな議論として取り上げているのであろうか。アメリカは、ダーウィンの進化論を教えることができない州が未だに存在し、警察組織が分断され麻薬や銃器の統制も出来ない「合州国」である。日本を発展途上の「合州国」や江戸時代の馬鹿殿による藩支配の時代に戻してはならない。「地方分権推進」は本当にナンセンスな発想である。

 確かに、中央官庁の堕落には目を覆うものがあるが、安い給料で国のために献身的努力を続けている役人は少なくない。私利私欲のために若者を食い物にする起業家、急速な斜陽化に驚き自助のための売名行為に現を抜かすマスコミ関係者より、真面目に努力を続ける公務員の方がはるかに比率が高いはずである。中央官庁、官僚制度が堕落し、腐敗してきたなら、そのものの改修を進めるべきであり、人気取りしか頭にない知事達や国家公務員になれなかったから地方公務員に甘んじているような人材に権限を委譲しても悪いことが増加することは自明である。頭を中心とする神経系が機能低下をしたからといって、頭や手足をバラバラに切り離すことが解決策であるというは、ナンセンスも甚だしい。このような馬鹿げた政治的閉塞状況の最大の原因は、成人女子教育の欠如、彼女らのレベルと要求に迎合し続けるマスコミと政治屋達にあるように思われてならない。
 国力を反映して円が長期的に売られ始め、大幅に安くならないうちに、日本を離れる準備をした方がよいのかもしれない。