「強欲は死なず」

 「金融ゲームの実態を活写したフランスのベストセラー」という呼び声で読んでしまったが、読んだことを悔やんでいるし、時間とカネを返して欲しい。本書はまともな金融のインサイダーが書いた本ではないインチキ金融本である。小説だからインチキということは、当たらないのかもしれないが、少なくも次の諸点は現実の金融ゲームでは考えられないことである。

①「1983年は転換の年だった。トレーディングの世界に革命が起こった。1980年代初頭、金融市場には先物取引オプション取引があった。そこに『デリバティブ』という取引が登場したのだ。これは、債券や株式など本来の金融商品から派生した取引である。そして、このデリバティブがトレーダーのイメージを根本から変えることになる。」(78頁)
スワップ取引オプション取引の集合体であるから、デリバティブ取引とは先物(先渡)取引とオプション取引のことである。つまり、この著者は、デリバティブ取引をまったく理解していない。
②本書では、もっとも単純な先物取引のことしか述べられていない。最近は、町のオバサンのようなアマチィアでも、もっと手の込んだことを考えながらFX取引という通貨先物取引をするご時世で、本書の内容はとても投資銀行で働いた経験者が書く内容とは思われない。
③売りポジションは短期に損切するのが鉄則で、売りポジションをズルズルと引きずり、ほとんどのプロが嫌う「ナンピンという高度な(トレーディング実務では初歩的な)テクニック」(187頁)に手を出すのは、とてもプロが書いたものとは思われない。
④総じて、肝心のトレーディングや金融取引に触れる個所は極めて限定的で、素人がマスメディアの記事をもとにトレーディングの周辺部を感覚的に書いているだけの感じである。
⑤蛇足をひとつ、「タイはアジアで植民地化されたことのない唯一の国」(226頁)我が日本は、アジアではないのか?現在アメリカの植民地なのか?昔、タイの仕事をしている時、日本とタイだけが植民地化されなかったアジアの国と何度も話したので、ひっかかる。

 本書同様に間違いだらけのインチキ本に、元モルガン・スタンレーのF.バートノイが書いた「大破局・フィアスコ」があり、彼は未だにアメリカで教授をしており、コメンテイターとして最近のNHKにも出演しているから驚いてしまう。
 ジャック・アタリの「金融危機後の世界」にも誤りが散見され、フランスへの期待が裏切られたことは既に述べたが、最近読んだフランスの金融関係書にこのように多くの誤りが存在することは、フランス人は頻繁に発言するし、それなりの影響力もあるだけに大変に気になる。本書も認めるように、フランスは金融では大変な田舎マーケットということなのだろう。