尖閣諸島問題

 昔、ニューヨークで働き始めてすぐに気が付いたことは、ニューヨークではこちらが押し続けていないと押されてしまうということである。香港の怒鳴り合いと押し合いはもっと酷い。国際関係の仕事ではこれがグローバル・スタンダードで、こちらが譲歩したことや我慢したことを慮り配慮してくれるのは、欧州や米国できちんと教育を受けた階級と何らかの信仰を持ち天の目を持つ人々に限られる。
 今回の尖閣諸島問題で、中国がこれほどヒステリックな反応を恥ずかしげもなく強行してくるとは思っていなかったが、まったく予想できなかったことでもない。
 先ず、中国では天から見ている目の存在を信じる人の比率が低い。天の目や神を持たない人々(私もそうではあるが)には、行動を制約する条件が少なくなり、損得や欲望の命ずるまま行動することを恐れない傾向があり、行動の倫理的基盤が弱い。一昔前は、中国の鉄道沿線は汽車から投げ出されてゴミの山でいっぱいであった。つまり、この間まで貧乏であった成上がりの中国は、恒産が無いから恒心や礼儀も未だ無い国であると考えて間違いない。
 第二に、現政権は、軍を含む対日強硬派との権力闘争を続けており、領土問題で譲歩することは許されない。また、最近の中国株式価格の低迷や不動産価格の暴騰が中国経済の行き詰まりを象徴しているように思え、相当に深刻な国内問題があるようで、その不満や批判を仮想敵国日本に向けさせようとする意図を感じる。前にも書いたが、戦前の日本同様、軍部が独走し始めていると考えた方がよいだろう。
 第三に、私は中国からの留学生をたくさん教えたし、中国人の知人もいるが、彼らは驚くほど中国のことを知らない。毛沢東語録共産党宣言すら十分には知らない。17日にも書いたが、情報管理された全体主義国家であることを忘れるべきではない。

 しかしながら、今回の中国が示した強硬な反応はいずれも予想されていた範囲内ではあるから、日本政府がオタオタしたその場しのぎの対応しかできなかったことは誠に情けない。コップの中の勢力争いとその報道に現を抜かしてきたことの咎めがでている。インド人のビジネスマン達から「日本はどうして中国にばかり目を向け、人口9億のインドに目を向けないのだ」と言われたのは15年前である。今でもタイやマレーシアは親日的であり、彼らのみならずインドネシアベトナム、フィリピンも対中国と深刻な領土問題を抱えている。タイと日本の親密さを言えば、タイで日本ビジネスのオバー・プレゼンス問題が起きたのは、実に40年近く前である。日本が国際感覚に優れた大人の戦略、アジア平和を考えた戦略を持っていれば、このように傍若無人の未熟、下品で強引な思い上がった注文を中国が言い出すことはなかったはずである。日本がアジアで中国のカウンター・ベイリング・パワー(拮抗対抗力)となる自覚と近隣諸国からの支持を得ることこそ、アジアの平和ひいては日本の平和に必要なことではないだろうか。中国と対立する要素があるインドも含め、また同盟国であるアメリカの力も借りて、アジア平和への積極的貢献をする時期が来たことを、今回の中国のヒステリックで無礼な行動が教えてくれているように思う。
 「日本が領土を侵すのであれば、核爆弾を打ち込んでしまえ」という書き込みすら中国では出回るようになったと言われる。ウォール・ストリート・ジャーナルが言うように、「元の切り上げや自由化をしないのであれば、日本とアメリカは国債を中国には売らないことにする」といった妙案から始まり、日本の核武装まで含めて対中国抑止政策を真剣に考える時が来たように思う。小さなコップの中で、責任の擦り付け合いをやっている時ではない。押し返さないと押されてしまう。間違っても、パレスティナにはなりたくない。