A.ソーキン「リーマン・ショック・コンフィデンシャル」

 中断していたA.Sorkin "Too Big To Fail"を読み終わった。
リーマン・ショック金融危機を丹念に実名で書き出した本であるから、面白くないはずがない。訴訟社会で実名を使って記述しているからには信憑度は高いはずで、よくここまで調べ上げたものであると感心してしまう。本書は、アングロサクソン社会の優れたジャーナリストが得意とする大作レポートで、貴重な存在意義がある。しかしながら、皮相的な現象をいくら克明に記述しても、本質は必ずしも浮かび上がってこない。この意味で本書は極めてジャーナリスティックで、沢山の人物を登場させ、右往左往させる様は将にここ三十年の金融ビジネスを彷彿とさせる。
 本書の特色は、沢山の登場人物が沢山の発言をするものの、今回の金融危機の原因や解決策に関してほとんど本質的な言及がされていないことにある。金融危機の原因としては、日常的な金融常識では理解出来なくなった金融実務に対して、「何処何処の誰々を知っているし、電話一本で話すことが出来る」といった陳腐化した能力しかなく、人間関係だけで世渡りしてきたような、近代金融ビジネスを経営すべきでないトップ経営者、当局の官僚、政治家達の跋扈を許してしまったことが大変に大きな原因として指摘できる。中央銀行総裁として、ただひとりJ.ハルのデリバティブ教科書を理解する能力があったと言われるグリーンスパンでさえ、現在は戦犯の一人になったわけで、日本の金融界だけではなく、米国のトップ経営者達がどの位お粗末であったかを本書でトレースすることが出来る。BOAやWファーゴ銀行のように商業銀行であることを素直に認め、理解できない無理な取引にのめり込まなかった金融機関が生き残れたことは偶然ではない。この意味から、レーマンAIGに限らず、Gサックス、Mスタンレー、メリルリンチ等々、この金融危機の原因を作った強欲で無知な経営者達の世界経済に対する犯罪行為は大変に大きなものがある。
 本書は、講談調の金融危機略史に過ぎず、その本質を考えるには、Mルイス「世紀の空売り」やSパターソン「ザ・クウォンツ」なども併せ読むべきである。