原子力発電所の安全性

 東京電力福島第一原子力発電所は、計6基の原子炉のうち4基で、深刻な事故が相次いで発生し、原子炉が十分に制御できない状態に陥っている。思い出すのは1979年の米国ペンシルベニア州スリーマイル島(TMI)原子力発電所で発生した原発事故と、80年代前半の米国原発建設資金需要である。
 TMIの事故は、安全弁から冷却水が流出し、炉心上部が蒸気中にむき出しとなり、崩壊熱によって燃料棒が破損し、炉心融解を起こしたが、給水回復措置により辛うじて大惨事にならずに事故は終息した。今回の東電福島事故の現状と類似性があるように思う。
 TMI事故により、建設途上にあった米国の多数の原発は安全性の点検強化を要求され、巨額の追加建設資金を必要とした。当時の日本の銀行の米国営業は、ラテン・アメリカ向けのソブリン・ローンの収益しかなく、これで赤字の日系企業との付き合いを続けているに過ぎず、米国企業との取引を拡大するとか開拓するといった気概を持った上役はほとんどいなかった。つまり、米国の原発建設資金を提供するか否かは、米国企業と本格的な取引を始められるチャンスでもあった。営業課長であった私は、米国人の部下と沢山の資料と問合せを行った。もっとも楽観的な論文は、原発はマンハッタンに建設しても良いくらい安全であるとするもので、実際にニューヨーク郊外のロングアイランド原発は住宅地から200m程度しか離れておらず、既に90%程度完成していた。米銀は、自分たちは既に十二分に建設資金を提供しており、ここからは外国銀行の出番であると言っていた。米国には50社ほどの電力会社があり、日本に比べると規模が小さいことが多少気になったが、「発電コスト+標準収益」を保証された公益事業であり、私は十分に貸し出し対象になると判断した。しかし、ゴルフ、マージャン、日系企業の接待に現を抜かしていた上役達の反応は、米国に進出しながら米国企業と見るべき取引が無いにも拘らず、迷惑顔に近いものであった。そこで、私は東京の本部を納得させ、東京の責任で営業推進する戦略をとり、東京の審査部の出張調査もあり、相対的に安全と思われる案件を中心に相当の貸し出しと利益を作り出すことができた。桁違いの営業実績であったので、怠惰な上司や他の営業課長は複雑な反応を示し、英語が苦手な怠け者の部下は聞こえないところで忙しすぎるとグチを言っていたようであるが、アメリカ人の部下達は無条件に実績を賞賛してくれた。これが米銀であれば、相当なボーナスと昇進が期待できたと思うが、日本の銀行ではゴルフやマージャンで取り入る連中の方が得をしたようであるし、怠惰な部下の声に耳を傾ける同じように怠惰な連中もいたようである。ダメな連中はダメな連中を再生産する、これが日本の銀行や大企業が時代の変化に乗り損ねた大きな原因だと思う。
 しかし、米国産業の酷さは、私の予想を上回り、原発試運転で配管にコーラのビンが残されていたり、左右対称の構造が左右反対の対称に作られていたり、住民の強烈な開業反対運動など原発建設のトラブルが沢山生じることになった。中には、ほぼ完成した原発を州が買い上げ塩漬けにしてしまうといったケースもあり、米国と言えども最後まで公益・規制事業としての対策があり、貸し出しが回収できない事例は生じなかった。私はこの原発資金提供を今でも銀行マンの実績として誇りに思っている。
 あれから30年、誇りに思ってきた日本の技術が同じような事故を起こし、世界中の関心を集める事態になるとは思っていなかった。原発の技術は今ひとつ理解出来ないことが残っているが、WHを東芝が買収するなど日本の原発技術は世界のトップで、これからの世界は東芝や日立が引張って行くと思われたいただけに、今回の事故は意外であり、非常に残念である。日本の原発技術者達の大逆転を切に期待している。
 最後に、「チャイナ・シンドローム」というアメリカの素晴らしい映画がある。この映画は、TMI事故直前に公開されるという先見性を示したことでも高く評価されている。「チャイナ・シンドローム」とは炉心融解(メルト・ダウン)を起こした高熱の原子炉の炉心が地球のを突き抜けて反対側の中国にまで到達するという意味である。良く出来た映画は、世の中を動かすことが出来る。これを機会に映画が再上映されることになるかもしれない。