ある頭取(その1)

本ブログを始めていくつかの反応があった。昨日「ブログを読んだ。久しぶりに話しに来ないか」というお誘いを受けて、ある銀行の頭取とお話をした。
 伺うと、机の上に2冊の本が置かれていた。R.ブックステーバーの「市場リスク 暴落は必然か」とB.マンデルブロ&R.ハドソンの「禁断の市場」であった。前者は邦訳が最近出版されたので、存在は知っていた。後者は聞いたことのない本であったが、著者がマンデルブロであり、副題に「フラクタルでみるリスクとリターン」とあったので、内容のおおよその見当はついた。先ず、数年をかけて着実に業績回復に成功した現役の銀行頭取が、赤線を引いて最後まで両書を読破されていることに感激した。
両書ともやさしい本ではない。金融技術の問題に長年取り組んできた大家が、現在の金融技術の限界を出来るだけ平易に説いた本のはずである。私が金融技術開発のフロントランナーとしての責任を感じていた時期であれば、英語で出版されると同時に読んでいたはずの本であるが、未だ両書とも読んでいない。理由は、10年以上前から金融技術の限界を感じていることであり、ある雑誌に「リスク管理を中心とした金融技術開発の現状は、裏山をやっと登り終えたと思ったら、遠くにヒマラヤ山脈が見えてしまったような状態で、リスク管理問題はパンドラの箱を開けてしまったことから、新しい大きなブレークスルーやパラダイムを必要とする問題に変化した。」と書いたことがある。
 それにしても、著者のブックステーバーは懐かしい名前で、80年代後半に彼の書いたオプションの本などで勉強したものである。ブックステーバーが今頃このような本を書いているのを見ると、「よう、ご同輩。貴兄もあまり世渡りは上手くなかったようだね」と言いたくなってしまう。金融技術を早い時期に理解したグループを二つに分類するならば、その利用方法を直感も含めて実利的・功利的に理解し、80年代前半から実践で利用して相当の資産を残して既に引退しているグループと、真面目に技術開発・理論研究やリスク管理の方向に進んで、歳相応の平均的暮らしを続けているグループである。この本の帯に「われわれが、サブプライム問題の犯人です」とあるが、言おうとしていることは、このブログに既に書いた私のサブプライム問題の見方と類似点が多いはずである。頭取によれば「著者の結論は、金融商品を単純化し、レバレッジを減らせば、より強固で生存能力の高い市場が創り出されるのである」と言うことであるようだが、これは培った強固な顧客基盤をベースに無理をせず着実に業績回復に成功している経営スタイルに通ずるものがあるはずである。
 マンデルブロの方は更に年上の大数学者で、複雑系理論のひとつであるフラクタルモデルの理論家で、金融工学的アプローチの多くが依存している正規分布モデルの限界を打破すべく、複雑系分析の研究をした時期に概要を勉強したことがある。マンデルブロは金融市場の価格変動が正規分布に従わず、安定分布に一定の特性指数をもって連動していることなどを主張した。しかしながら、正規分布のように現実の世界を単純化するための前提条件を置かないと、現在のコンピューター能力に依存した数値処理能力では、とても実用に耐える金融技術やリスク管理技術として利用することはできない。多分、この本は高齢のマンデルブロの理論を基礎に、共著者が金融工学の単純化した前提では現実の問題を分析することは出来ないとしたものであろうが、現在の複雑系や行動科学的アプローチからは、批判はできても体系化された実用的代替案を提案することはできない。
 とにかく、私より若干年上の現役頭取がこのような本を精読されていることは驚きであった。(続く)