ある頭取(その2)

ブックステーバーの「市場リスク 暴落は必然か」を読み終えた。読む前と後で、リスク管理や金融技術に関する大局観には変化がない。同じ時代に同じようなことを考えて来た人間の若干違った経験を聞くことには、参考になる点や確信を強めてくれる点があったが、あまり多くはなかった。MITの経済学博士であるブックステーバー氏の方が私より個人的に持っている分析ツールは多いはずであるが、日本の組織化された環境でたくさんの優秀な部下達に教えてもらいながら成長した私の方が深く理解出来ている点も少なくはなかった。P.バーンスタインに薦められて本書を纏めたとあるが、バーンスタインの著書の方が抽象度が高いのに対して、本書はやや現象の羅列で深みに欠けるという印象が残る。要すれば、リスク管理技術あるいはその一部である金融技術に関しては、理解出来ている部分が理解出来てない部分に比較して圧倒的に少ないということである。理解出来てない部分が大半であるといった方が正確である。現状では、どこまで理解出来ているかを確認しようとする誠実さと洞察力がもっとも有効な武器だと思う。例えば、本書で繰り返し強調される「流動性リスク」に関しては見るべき学問的業績は存在しない。M.ショウルズ教授に言わせれば、データがないから研究出来ないということになる。「信用リスク」や「オペレーション・リスク」に関しても、保険リスクとして整理されている僅かな部分を除けば、同様で、これはロシア危機やエンロン事件、現在のサブプライム問題を思い出せば十分なはずで、存在している問題はリスク(将来の不確実性)であり、P.バーンスタインに依れば「人類の歴史と共に存在する神々への挑戦」ということになる。
 現在、頭取や各分野のリーダーに求められている対応策は、P.バーンスタインやブックステーバーの本書のような「知らざるを知る賢人」が纏めた啓蒙書や情報を材料に、人類がどこまで理解出来ている問題かを確認しようとする誠実さに加えて、本質を捉えた洞察力を磨くことだろうと思われる。