アメリカのカントリー・リスク

カントリー・リスクとは、海外投融資や貿易取引で、相手国の社会不安や政情不安、想定外の反応などのために資金の回収が不可能となる危険を指し、通常は発展途上国独裁国家の問題であると考えられている。自由主義を国是とするアメリカは、カントリー・リスクとは無縁の国であるはずだが、「偉大なる田舎国家」と言う人もいるように、少なからぬ人々の独断的な思考や行動がアメリカのカントリー・リスクのように思われることがある。今回の金融安定化法案の議会による否決は将にそれに類する問題で、再議決で可決されたものの、最初に否決された時点で、世界のどこかの金融市場や国が過剰反応しなかったことは僥倖と考えるべきではなかろうか。「行動ファイナンス」を持ち出すまでもなく、金融取引や金融市場は人間の心理に左右される面も大きく、金融がとことんグローバライズしているだけに、アメリカが「偉大なる田舎国家」であることは許されない。
 昔、アメリカで銀行の営業部長をやっていた時に、「アメリカのカントリー・リスクみたいなものだから、仕方が無い」と担当役員に慰められたことがあった。業務が多忙を極めていた時期に、課長代理が人事異動で変わり、MBAがたくさん居るにもかかわらず、本人が希望したということで、物見遊山気分で海外勤務を希望していた実務的英語力がまったくない人間を送り出してきた。勉強材料として、ある米銀が持ち込んできた農業地帯の発電所建設への協調融資という問題ないと思われた案件を担当してもらったが、私がニュー・ヨークで担当した最初で最後の問題新規案件になってしまった。この発電所は完成すれば、州政府が買い上げる約束をしているので、それまでのブリッジ・ファイナンスであったが、発電所が完成した時に、建設費のオーバーランから電力コストが計画より割高で州政府は買い上げを拒否した。物見遊山気分の課長代理は、この条件にまったく気がついていなかった。この時に「州政府の拒絶はアメリカのカントリー・リスクみたいなものだから」と慰められたわけである。同じような経緯を辿ったワシントン州のWAAPSという原子力発電所建設のAAA地方債のデフォルトは、全国的な問題となり、債権者集会はマジソン・スクエアー・ガーデンにも入りきれなかったと言われている。
 このような前例をいくつか知っているだけに、「アメリカのカンタリー・リスク」を軽く考えるべきではないと心配している。「偉大なる田舎国家」の諸君、金融恐慌は、絶対に避けなければならない。狭隘な信念や独断を振り回し過ぎないで下さい。