大澤さんと水野さん

 金融恐慌本読み比べの一環として、大澤和人さんの「サブプライムの実相――詐欺と略奪のメカニズム」を読み始めた。大澤さんは、私が80年代の半ばに証券化商品開発を始めた時期に、外資投資銀行証券化業務をやっておられた日本人の草分けのひとりである。従って、売れ筋だからと短期間のにわか勉強でいっぱしのことを言っている詐欺的な金融専門家とは違う。昔から、粘っこく判りづらいが深い議論をされる方で、勉強を重ねてこられているから、この本も読むのが簡単ではない。
 大澤さんの本に疲れたから、途中で気分転換に水野敬也さんの「夢をかなえるゾウ」を読んでみることにした。この本は、ある人から面白いベストセラーだと聞いて買ってはみたものの、ツンドクになっていた。大澤さんの本とは対照的にものすごく読みやすい。語り口は、テレビで悪乗りしている関西系コメディアンのそれで、しかも中学ドロップアウトでも読めるように、難しい漢字や表現は使ってない。しかも、内容は私のようなジジイが説教する時に言うと思われるような常識的正論であり、権威付けにアイザック・ニュートンから始まる賢人たちの言葉を適当に引用し、解説まで付けている。面白くて、読み出したら止まらなかった。疲れて面倒なことを考えるのがいやな時に、さんまや伸介のテレビを観てしまうのと同じ感触で、しかも人生の深い話を判り始めているような気分になる。これぞまさに、計算づくで作られた若い世代向けのベストセラーであり、その意味では大変な傑作である。
 しかし、水野さんの略歴を観ると、30代前半で、何でもよいから自分を売り出す努力を重ねてこられて、「夢をかなえるゾウ」で見事にその夢をかなえただけの方のように見受けられる。私は60代半ばになっても、子供や孫ましてや学生達に人生はこのように生きろというだけの自信はない。誰もが認める偉人が晩年になって、「人生かく生きるべし」と言われるのであれば、多少説得力を持つように思われるが、人生半ばで評価も定まらない人間が生き方を語るのはあまりに無責任ではないだろうか。靴を磨き、便所掃除をし、何でも図解で処理できると信じこまされ、結局何の成果も出ない人生になった場合、それを薦めた無責任な人間はどのように責任を取るのであろうか。
 「自分、弱い人間です。読んでいると頭の痛くなる大澤さんの本は、最後まで読みきれません。楽しく読んで利口になれる水野さんの本を読むことの何処が問題なんでしょうか?」という学生の質問にどのように答えればよいのであろうか。