ジリアン・テット「愚者の黄金 大暴走を生んだ金融技術」

日債銀粉飾決算に関する経営者責任の判決で、最高裁が高裁へ差し戻したと報ぜられた。ほほ同様に見える旧日長銀の無罪判決と微妙に相異する根拠が議論されているが、両行の仕振の違いや大野木元長銀頭取の誠実さを個人的にも知る立場で言えば、相異する理由があるようにも思われる。
 日債銀問題ではなく、ジリアン・テット著「愚者の黄金 大暴走を生んだ金融技術」が本日の話題である。テットさんが旧日長銀問題を著書「セイビング・ザ・サン」として纏められた時に、長時間にわたりインタビュー取材を受けた。彼女は、大野木頭取を含め一部の旧長銀経営者が個人的に罪を問われるべきではないという仮説を持っており、それを取材で根拠づけようとしていた。小柄で控えめなブロンド美人で、相当親切にお話ししたことを覚えている。彼女は金融のプロでもなければ、強引に独自の切り口をぶつけてくるアメリカ人の取材とも違い、聞き上手でうまく話を引き出し、理解出来るまで簡単には納得しない誠実な取材手法であった。今回の「愚者の黄金」も同様の手法によって纏められたと思われ、次の諸点が特に参考になった。

①クレジット・デリバティブを最初に持ち回り始めたのは、バンカーズ・トラスト銀行であり、ISDAという国際デリバティブ協会で統一契約書の議論がされていたのは90年代前半で、何故JPモーガンがこの取引の老舗のような扱いを受け、隣のネエチャンみたいな元JPモーガンの女性が発明者などと紹介されるのか理解できなかった。技術水準も高くなく、遅れてきたJPモーガンがモゾモゾと育て上げ、逡巡している間に、競争相手がやり過ぎてしまった経緯が解り、得心が行った。
②しかし、JPモーガンの情報に依存し過ぎた結果、モーガンの観点が前面に出て、相当に偏った本になっていると思われる。バンカーズ・トラストのように本当のパイオニアーであった連中は何をしていたのか?レーマンAIGなどはどのように考え行動したのか?等々の問題の欠落はバランスを欠いていると言わざるを得ない。
③それでも本書が良書であるのは、誠実に取材をし、次のような問題の本質を見抜いているからである。
「金融マンはデリバティブについて語る時、好んで専門的用語を使おうとする。不透明感を高めることにより、秘密のベールを突き破る能力を持った少数の人々が権力を手にする。デリバティブは他の資産から価値が派生する契約に過ぎない。」
「クレジット・デリバティブは、銀行業務の中核的なリスクであるデフォルトリスクを、トレーダーの新しい取引商品にした。クレジット・デリバティブはリスクをコントロールする手段を提供すると同時に、リスクを増大する機能もあった。すべてはどう使うか次第だ。」
「巨大な信用バブルとその崩壊は、簡単にひとにぎりの強欲で邪悪な人間達の責任にきせられるような話ではなく、報酬制度、規制のあり方、監督の不備などによって金融システム全体がいかに道を誤ったかが問題なのだ。・・・信用ブームの渦中で生み出されたイノベーションの中には、21世紀の金融にとって価値のあるものも含まれている。」

 要すれば、金融の門外漢にも興味を持って読め、あまり整理されてこなかった投資銀行業務の問題の本質を整理しており、まじめなジャーナリストでなければ書けない好著である。