ジャック・アタリ「金融危機後の世界」

 アメリカの影響を強く受け過ぎた考え方に、フランス人が鋭く異論を聞かせてくれることがある。そんな期待感を持って、本書を読み始めた。
 期待は見事に裏切られた。本書は、前回のブログで賞賛したジリアン・テッドの本の対極にある本である。つまり、テッドさんの本は、誠実な取材を重ねて、確認できた諸点を整理し、全体像を把握できない恨みはあるものの、書かれている内容は信頼してよいと思われる好著である。これに対し、アタリ氏の本書は、傲慢なエリートが細部を確認しないで全体像を作り上げてしまったような印象が強い。今次の金融危機は、金融システム全体を俯瞰し、かつ価格リスクの分析手法を信用リスクの応用することの問題点といった金融実務の理解も併せ持たないと理解できない。
 アタリ氏の本には、次に例示するような金融実務の各論の理解を欠いた間違いが多く、この後に展開される金融システム改善への提言が著しく説得力に欠けるものになってしまっている。
①私自身、金融産業・金融市場の関係者であったから「インサイダー」だと思っている。日本人で「インサイダー」に該当するレベルの人間がいるはずないと言われるのであれば、モーガンチェイスBOA、UBS、BNPパリバ等々「インサイダー」からはずすことの出来ない金融機関のトップたちに欧州中央銀行トリシエ総裁などを加えた20人ほどからなるRMAの勉強会に数年にわたり参加した経験や米国金融機関買収の経験がある。
本当の問題は、アタリ氏が言うように「世界中にばら撒かれたリスクを完全に把握しているインサイダーたちが、自らの利益を最大にするためなら、何でもやってのけてきた。」ことにあるのではなく、リスクが把握できないままに自己利益最大化を図ってきたことにある。
②「経済や金融に関する情報を、すべての人に公平かつ同時に公開する」という常識的なことをアタリ氏は言われるが、CDOや証券化商品の目論見書を手にすれば直ちに理解出来るが、ディスクローズしても量的・質的に極めて限られたプロにしか理解できない状況になっている。多くの人のモニターリングに期待するのであれば、取引可能な金融商品を相当に限定し、パターン化する必要がある。アメリカがこの状況を意図的に放置し、自分の利益に変えていることは、確かにアタリ氏が指摘する通りである。
③「デリバティブの機能とは、資金の流れを円滑にすることにある。」「債権に基づくデリバティブは、担保のないデリバティブ(例えば、CDS)と、担保のあるデリバティブ(例えばCDO)の、主に二つに分かれる。」「モノライン保険会社とは、保険会社であるととともに、銀行家、ヘッジファンドのマネジャー、金融ブロカーでもある」等々の表現は、間違いであるか不正確な表現の例示に過ぎない。

やりたい放題のアメリカ金融資本主義に規制のタガをはめるべきであるという方向には同感するだけに、大変残念である。フランス的に少数エリートに権限を与えすぎると、アタリ氏のような独断に満ちた傲岸不遜な人物を生み出してしまうのであろうか?しかし、このように肌理の粗い議論では、残念ながらアメリカや多少事情を理解している関係者を説得できない。