「ブラック・スワン」

 東日本大震災による悲劇、人情劇、人間の生き様等々を見聞きしていると、映画に行って人工的で矮小なドラマを観る意欲が失せて来てしまうが、バレー・ダンサーを主人公にした本作は、愛娘の半生を思い浮かべて、観に行かざるを得なくなる映画である。
 娘は、といっても最早中年の入り口にさしかかり子供二人の育児に追われているが、中学卒業と同時にロンドンのバレー・スクールに進学し、Netherland Dance Theater, Batsheva Dance Companyでそれぞれ5年間踊り、結婚後は勅使河原三郎さんのカンパニーで2年間踊り、今はロンドンで育児とダンス・インストラクターの生活を送っている。この経歴は、日本では知る人ぞ知るでしかないが、「それは凄い」と言ってくれる人に出会うと、親馬鹿として大変に嬉しい。
 「ブラック・スワン」で描かれたポジション争いや同僚や関係者との複雑な人間関係は、娘の人生でも何がしかはあったと思う。例えば、Netherland Dance Theater(NDT)の入団オーディションは400倍の競争率であったと言っていた。娘の素晴らしいところは、競争相手を含む他人の悪口を絶対に言わないことである。NDTに合格した時も、「私より上手な人が何人か居たのに、私が合格したのはラッキーだ」と言っていた。それ以後のプロとしての活動は、スペイン、ブラジル、オランダ、アメリカ等々世界中から選抜されたダンサーとの競争であったはずであるが、弱音も人の悪口も言ったことがない。勿論、スワン・クイーンを踊るほどのスター・ダンサーではないし、階級性のないダンス・カンパニーで働いてきたことが大きいとは思うが、折にふれ、プロ・ダンサーの世界の厳しさを教えてくれた。
 娘は吉田都さんを絶賛しているが、「ブラック・スワン」のナタリー演じるニナ以上に吉田都さんの苦労とプレッシャーは大きかったものと思われるが、吉田さんも娘同様に自分のやるべきことに集中し、サイコスリラーの世界とは無縁であったのではないかと思われる。苦労を楽しめる強さが無いようでは、やっていけない世界だろう。「ブラック・スワン」は大ヒットするに値する佳作であると思うが、このストーリーの要となるこの点が納得できない。本作は、私のように、競争相手を意識し過ぎ、苦労を苦労と感じる弱い人間が書き上げたストーリーのように思われる。