「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」

 私が専門にしてきた金融分野を対象にしたアカデミー賞受賞ドキュメンタリーであるから、観るのを楽しみにしていた。映画館は遠隔地だったので、DVD化されたので早速観賞した。
 マイケル・ムアーのドキュメンタリーよりは正統派で洗練された作りで、イルカ漁の「コーブ」よりは客観性と論理性が高いと思う。解りづらいと言われる金融ビジネスを対象とした割には、理解しやすい。これは論点を絞り込み、技術的側面を排除し社会問題としての観点に重点をおいたことによると思う。付録DVDインタビューで、ファーガソン監督が「問題の本質は難しくない。強欲に引きづられるこのビジネスの上位75人を投獄してしまえば、問題の相当部分は解決される。」と語っている。これは半分正解で半分誤りである。NHKも同じテーマで悪くないドキュメンタリーを放映しているが、金融技術の問題を解らせようとして混乱の原因を作ってしまう面があり、また、インタビュー出来た人間の質とインタビューを拒否した人間の名前を晒し者にするという点で本作の方に軍配を上げたい。コメンテイターには知人も出ているが、本質を理解しているとは思われない人物も散見する。
 「問題の本質は難しくない」と見抜くことは非常に重要である。サブプライム・ローンを例にとれば、腐ったり、腐りかけた肉に、どの程度新しい肉を混ぜれば新しい肉として売ることが出来るか。これを統計的な問題として緻密に整理するのが数理バカの金融エンジニアーのやらされていることである。更に、ダンボールをどの程度まで混ぜれも食料肉として通用し、腐る速度を遅らせることが出来るか。AIG格付け機関のようなブランド名に、利益と理論の両面から協力させ、罪を押し付けるか。バレそうになったら、如何に早めにAIG,Fanime等の株や債券を空売りし儲けるか。競争相手のレーマンは倒産させ、AIGは税金で救済し保証金を払わせる。これらの芝居をやる舞台と役者を揃えるために、曲学阿世の学者に小銭を掴ませ、ワシントンに人を送り込みインサイド・ジョッブをやらせる。つまり、部分部分の構成人員は奴隷のように難しいジョブをこなしているので、必ずしも悪行の限りを尽くして金をボッタくっているように感じない。それどころか、グズグズ言わずにJust do it!でなければ、生きていけない世界である。MITのPhDやHarvard MBAの頭脳でも全体を理解出来ないバカが少数の全体を見える連中にこき使われる世界である。それでは、上位75人を投獄してしまえば、まともなビジネスになるであろうか?「否」である。同じようなことを企む狡賢い人間を新しく75人リクルートすることは難しくない。Gサックスだけでも3万人の従業員がいるし、同じビジネスで良いなら私でも仕切ることが出来ると思うので、供給源は少なくない。
 金融に限らず、悪巧みとグズグズ言わずにJust do it!のビジネス・スタイルがアメリカ帝国に、終わりの始まりをもたらしている。問題なのは、アメリカに代わる勢いの中国も悪巧みとJust do it!の格差社会に向かっているように思われることである。この時代変化の中で、何も自分では決められず、無垢の被害者と思いこんでいる平和ボケした怠惰な国が我が日本である。