古賀茂明「日本中枢の崩壊」

 時の人である古賀茂明さんが経済産業省を退職されたのを機会に、積読になっていた「日本中枢の崩壊」を拝読した。感想を一言で言えば、予想外のことがほとんど書かれていない陳腐な内容で、国内の政治家と官僚のことにしか触れてない視野の狭い本。この程度の本が何故今話題になるのであろうか。銀行時代に経産省の委員などをやらせていただいていたので、多くのエリート官僚がよく仕事と勉強をされるのを知っているだけに、この程度の内容で官僚制度や政治家をバッサリ切り捨てても、玄人筋には説得力も影響力もあまりないのではないだろうか。欲求不満の八つ当たりを聞かされているようにも思えてくるし、天下りと言われない政界か学界に転職する布石に書いた本のようにも思われてしまう。

 日本の権力闘争は、政治家(+財界)、官僚、マスコミの三つ巴と言われている。年一回総理が代わり続けるポスト小泉時代は、マスコミが権力闘争に勝ち続けている時代のようにも思われる。最近のお坊ちゃま総理達はもともとその器でなかったのだろうとは思うが、マスコミが下らない政治ミス、天下り財政問題、領土問題など本当の原因は知る人には理解出来ているし、簡単に解決できない難しい諸問題を材料に、枝葉末節の揚げ足取りを針小棒大に報道することがなければ、これほどの政治的混乱と無力感を蔓延させることはなかったと思う。つまり、三つ巴の権力闘争をしている三者の中で、国際的比較でもっとも低い評価しか与えられないマスコミが、わが国に対して不当な影響力を行使しているのが現在の状況であると思う。国内のゴシップ記事にうつつを抜かし、国際的な独自情報の収集や報道、良質な調査分析報道が出来ているマスコミは、別の問題があるNHKを除き、皆無である。教育の無いオバちゃんが、近所の悪口を声高に言いふらしているのが、日本のマスコミの現状である。このようなオバちゃんにとって、公務員制度改革という問題を前面に出し、「正義派」として同僚の官僚を滅多切りする古賀氏は、自分の家庭の酷さを勝手に吹聴する近所のお兄ちゃんのようなもので、官僚の印象を悪くし影響力をそぐための有効な道具として利用することが出来る。
 東電の影響力と尊大さには驚かされるが、エンロンというヤクザ企業を取り込んで電力製販分離や電力市場の自由化を促進しようとした経産省改革派が正しかったとも思われない。目くそ鼻くその差に過ぎないかもしれないが、現時点でマシな順に順位をつければ、官僚、政治家、マスコミの順になると思う。日本のマスコミ報道の酷さに気付くべき時である。抹消のくだらない問題を針小棒大、感情的に報道し、事の軽重が判断できない衆愚を操作し、コップのなかで首相や大臣を次々に血祭りに上げる日本のマスコミは国益を大きく損ねていることを自覚し、自己批判すべき時である。